信州かくれ里 伊那山荘

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2013年 04月 02日

亡霊とおっぱい

珍しく電話が鳴りました。
「ちょっと来てくれない」
美照尼さんです。いつもでしたら、噂話を持って来ては、縁側に腰を下ろし長話をして帰るのに、今日は違いました。
「なんだべか」
首をかしげながら、爺は業務用冷凍コロッケを持って美照尼さんの庵に出かけました。もらい物ですが、油で揚げる料理は苦手です。お土産にちょうど良い物がありました。
庵に村の総代さんと隣組長さんがかしこまって座っていました。庵で顔を合わせるのは初めてです。
二人の話は、村はずれに出た化け物に、与一さんが家から追いだされたというものでした。
「へえ、お化けね」
「続きがあるのよ。それを聞いた村の若い衆二人が面白がって、とっちめてやると与一さんの家に出かけたの」
美照尼さんがすでに聞いていた話を、かいつまんで語ります。
「ところが、翌朝帰ってきた二人は腑抜け状態だったの。だらしがねぇと、昨夜とは別の若い衆が三人出かけて行ったんだって」
それが、さっき戻って来た。この三人も腑抜けになっていたと隣組長が話を続けました。
「それがな、 何を言っているのか、さっぱしわかんねぇし、眼も焦点が合っていねえ、昨日の二人なんぞ、昼間は寝たきり、夜になったら何かに憑かれたようにして、出かけると言い出して、家族は困って、大黒柱に縛りつけて置いたらしいずら。村の若い衆五人が腑抜けにされてしまって、みんなで相談して庵主さんにお願えするべぇとなったで」
「ほら、そんなお話があったでしょう。お経を体中に書いて助かった」
美照尼さんは、みなさんは、それを思い出したらしいと言い何故かうつむいた。
「書き忘れた耳を、持って行かれた話かね?じゃあ、まさしく庵主さまの出番だな」
「それがね、私、お化けは苦手なの。だから私に代わって頼まれて、お願い」
若い衆の体にお経を書くだけで、お化けに会うわけじゃなかんべえ、と爺が諭すと
「そうだけど、お化けと聞いただけで手が震えて、お経どころじゃないのよ」
「そんなんで、よくここで一人暮らしができるもんだなや」
「普通、お化けなんか出ないわよ」
「あれ、爺の方はお化けだらけずら。悪い奴はおらんがな」
「それを知っているから頼んでいるの。どうも、そのお化け美人らしいわよ。若い人が腑抜けにされちゃうくらいだから」
「わしだって、腑抜けにされるのはかなわん」
「うぬぼれないでよ。美人のお化けさんは年寄りなんて相手にしないわ」
「相手にされたらどうするんだや。これで結構もてちゃうんだから」
「腑抜けにされれば良いじゃないの、本望でしょう。余命いくばくも無いんだから」
「かなわんな。それで、どうすれば良いんじゃ」
「美人にそそられて心が動いた?」
「そうだ。おめえさんには、間違ってもそそられんがな」
 二人の会話を、笑いながら聞いていた総代さんが口を出した
「確かに、庵主さまが言われるように、与一さんは喧しくて逃げ出したが、腑抜けになっておらん。このお化けは若いもんには、ちょっかい出すが、年寄りは相手にしないようだに」
これは、藪蛇です。
「じゃあ、総代さんが最適だべ」
「わしか、わしはまだ現役だし、嫁も子も孫もおるで、ふぬけは困るんじゃ。礼はたっぷりだすもんで頼むわ」
総代さん、はげ頭をなでながら笑ってごまかしました。
「何が現役なんだべさ」
隣組長も大笑い、あまり緊張感はありません。

その晩、何とかなるべぇ、と爺はヒョウタンを持って与一さんの家に出かけ、酒を飲んでいるうちに寝入ってしまいました。
草木も眠る夜更けのことです。
騒がしい物音に爺は目を覚ましました。ふすまの向う、隣の部屋で宴会やっているのか、飲めや歌へのどんちゃん騒ぎが聞こえてきます。
与一さんは怖くて覗けなかったです。若い衆は二人、三人いるものだから、数の力で怖さを克服して、どんちゃん騒ぎに加わったのでしょう。
さて、どうしたものか、爺は考えました。
どうも人間臭い。人間のお化けは嫌だなと思いつつ、恐る恐るふすまを開けたのでした。
「あれっ、今日は御一人?」
隣の部屋でうら若き、美しい女御衆が五人、おっぱい露わに乱痴気騒ぎをしておりました。みんな美形です。
「あらっ、今日は爺さんよ、つまんない。女子会に爺はいらない。帰れ、帰れ、帰れ」
手をたたいての合唱になってしまいました。みんな酔っています。
このまま帰ったら子供の使いになってしまいます。粘らなければなりません。
「そう言わないで、お酌をいたしますから」
「爺に酌をされたら酒がまずくなる。小松様を連れてきて」
一番年増の亡霊女御が酔っぱらって爺に絡んで来ました。目の前でおっぱいが揺れます。「小松様でございますか」
「そうじゃ、小松少将様を連れてきて、お願い」
女御は甘えるように言いました。
「少将様?」
「知らんのか?この無礼者めが、そこに直れ成敗してくれん」
聞いたことがあります。爺は必死で記憶を辿りました。確か歴史上の人物です。
後白河法皇の祝賀で烏帽子に桜の枝、梅の枝を挿して青海波を舞い、その美しさから桜梅少将と呼ばれた維盛少将? 当時、光源氏の再来と言われた比類ないほどの美しい貴公子が思い浮かびました。
「コレモリ?」
「おのれ、呼び捨てにするとは何事ぞ。許さん」
爺は理解しました。
この女御衆は平維盛の取り巻きの亡霊のようです。暴力的ではありませんが、この色香では若い村人はひとたまりもありません。すぐに骨抜きにされてしまうでしょう。しかし、なぜ、こんな連中がここに棲みついたのかがわかりません。
「維盛さまって、富士川の戦いで、水鳥のはばたく音に、驚いて逃げ帰った平家の総大将ですか?」
爺のこの言葉がよほど気に障ったのか、五人の亡霊が髪を振り乱して、爺にとびかかってきました。亡霊とはいえ、美しく柔らかな女御衆です。爺は鼻の下をいっぱい伸ばしました。
「それにしても美しい人だったようですね」
この言葉に女御衆は、今度は泣き出しました。
「それはそれは、お美しく心憎く、懐かしきさまは、かざしの桜にぞ異ならん」
「もう一つお尋ねいたしますが、皆様方のようにお美しい方々が、なんでまた、こんなあばら屋にお越しになったのですか」
「なに、その方は知らんのか。ここより先、壇ノ浦に住まいしが、こたびの大雪で屋敷が壊されてな」
そこまで聞いて爺は、合点。女御衆に向かって手を広げて言いました。
「それでは、小松少将様にお越しいただきましょう。呪文をかけますので、しばらく、ここにお集まりいただき、お待ちください。楽しゅうございました」
女御衆は首を傾げながら年増の女御を中心にまとまりました。爺の言葉の意味を考えているようです。爺は、
「それでは女御衆の皆さん、ギャーテーギャーテーパラソウギャーテー、ひさごに入れ」
と大声で唱えました。
すると、どうでしょう、あーという声とともに女御衆は消え、静かになりました。

翌朝、与一さんの家を出ると、村中の人が集まって爺を見ています。美照尼さんもほっとした笑顔を見せています。
「何にもなかっただか」
総代さんがと聞きます。爺は答えました。
「浦の小松さんの墓が雪で壊れてしまっただに。直せば若い衆の骨抜きも治ると」
また、雪が降り始めました。道端に子供たちが作った雪ダルマがありました。そのダルマに誰がいたずらしたのか、ナンテンの赤い実を先っちょに置いた、おっぱいが付いていました。
亡霊のおっぱいもあり隠れ里
                          (終わり)




維盛は那智の沖で入水自殺をしたと平家物語にあるが、諸説紛々で入水しないで地方に落ち延びたとする伝説が全国各地に残されている。
その一つが伊那市長谷浦。
言い伝えでは壇ノ浦で敗れた平維盛の子孫が住みつき、維盛の父。重盛が小松殿と呼ばれていたことから小松姓を称した。壇ノ浦の「浦」が地名となっている。
ちなみに、爺の山荘は小松さんが110年前に建築した古民家、土蔵も100年近い。

こもりくは、泊瀬(はつせ)にかかる枕言葉、籠りからきている。「く」は所の意で、
山に囲まれた所を表している。
奈良大和の泊瀬は山に囲まれた隠れ里と解釈していいのだろう。この泊瀬(はつせ)、が初瀬、長谷と転移する。平家は山奥深くや山間部、谷間など人が寄りがたい地に里を造った。長谷村はまさしく篭く、隠れ里。

猟師が深い山中に迷い込み、偶然たどり着いたとか、山中で機織りや米をつく音が聞こえた、川上から箸やお椀が流れ着いたなどという話が見られる。そこの住民は争いとは無縁の平和な暮らしを営んでおり、暄暖な気候の土地柄であり、外部からの訪問者は親切な歓待を受けて心地よい日々を過ごすが、もう一度訪ねようと思っても、二度と訪ねることはできないとされる。こういった伝承の背景には平家の落人が隠れ住んだとされる集落の存在が挙げられ、実際に平家谷、平家の隠れ里と伝えられる集落が存在している。また、仏教の浄土思想渡来以前の、素朴な山岳信仰、理想郷の観念が影響していると推測できる。 隠れ里は奥深い山中や塚穴の中、また川のはるか上流や淵の底にあると想像されている別天地である。隠田百姓村(おんでんひゃくしょうむら)とも言われるが、隠れ里は何の憂いもなく平和な世界であり、しかも人間の世界とは違う時の流れがある。普通の人はそこに行けないが、善良な者にはその世界を垣間見る機会が与えられることがある。いずれにせよ庶民の求める理想郷への思いが込められていると、日本民族学会会員・有馬英子は述べている
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by okasusumu | 2013-04-02 15:58


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