信州かくれ里 伊那山荘

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2011年 06月 17日

荒れた田んぼよ甦れ

泥田坊の叫び
 晴れ渡った先週の土曜日のこと、棚田の広場に、某テレビ局のプロデューサーが、復元した棚田の取材にやって来ました。会員に混じって苗代作りを体験した彼が、昼食のとき
「ここが復元した棚田ですか」と確認するように話しかけてきました。
「そうです。耕作放棄で荒れていたものですから」と説明すると
「そこを皆さんで復元したのですね」
「荒れた田んぼが美しい農村景観を台無しにしていました」
「荒れた田んぼよ、蘇れとする活動ですね」
「そうです」
ここまではよくある会話でした。ところが次の言葉は想定外でした。
「泥田坊ですね」
「えっ?」
 境港市(鳥取県)の「水木しげる妖怪ワールド」で泥田坊の像は見たことがありました。田んぼから半身を出して手を振り上げている一つ目の妖怪です。恐ろしげな顔をしていましたので良い妖怪には思えません。「それに似ている?」
「まさか」とする表情が顔をよぎったのかもしれません。彼は、
「田を開墾し、広げた努力の人が亡くなり、その後継者は、働きもしないで酒ばかり飲んで、田をすべて売り払ってしまいました。これを恨んで先代の霊が妖怪と なって出没、息子と田を買った人にに田返せ田返せと叫ぶのが泥田坊です。もちろん皆さんは善意のボランティアですが、ちょっと似てますよね」
 荒野化した田が元に戻って欲しい、その意味の「田返せ」なら似てなくもない。しかし、田が荒れるのは怠け者の後継者だからという事でなく、それなりに理由が あります。妖怪と一緒にされるのは不満ですが、それでも、棚田の復元にについて、この話の方が下手な理屈づけより遥かに説得力がありそうです。
 今、水のある田んぼではおたまじゃくしが群れを成し、土を掘り返せばヤゴがうごめき大地が生きています。荒れていたころは、その生き物たちも泥田坊と一緒になって「田返せ」と叫んでいたかもしれません。
後で調べたら泥田坊は江戸時代の絵師、鳥山石(せき)燕(えん)の妖怪画が元になったようです。その絵解きを素直に解釈したのがプロデューサーの話でした。

by okasusumu | 2011-06-17 17:41 | 里山逍遥


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