信州かくれ里 伊那山荘

donkai.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧


2011年 09月 28日

有明の名月

f0067937_11144130.jpg
f0067937_11145774.jpg

[PR]

by okasusumu | 2011-09-28 11:15 | 山荘ギャラリー
2011年 09月 21日

完成記念蕎麦の会

 築炉の高井名人が、蕎麦庵主人に変身、黒河内窯完成記念蕎麦の会を催す。食数が限定されるため、招待客は高井師匠と今井棟梁によって厳選(笑)されることになる。
 そのお品書きが届いた。ここまで読んでふざけていると思われた方も、このレシピには驚くに違いない。お遊びでないことがよくわかる。窯元としては、レシピに合わせたしゃれた食器づくりをしなければならない。それが完成記念の引き出物になるのだから失敗は許されないが、まだ使ったことがない窯のこと、正直、どうしよう。まあ、なんとかなるさ。

伊那山荘 黒河内窯 完成記念 蕎麦の会

お品書き(案)


蕎麦かりんとう 塩味
   これは突き出しみたいなものです。 蕎麦の耳を油で揚げ塩をまぶしたもので、ビール党には欠かせない おつまみとなります。

お酒 (蕎麦は日本酒 ! これを黒河内窯で焼き出したばかりの酒器で乾杯 ! ビール党はビールでも良いのだが・・・・ 蕎麦は日本酒だ ! 銘柄は庵主が決めるに決まっているのさ ! )

蕎麦豆腐   吉野葛による蕎麦豆腐 自前で漬けた桜漬け 若しくは山葵でどうぞ

蕎麦掻き   ほんわりとした蕎麦掻きを、バーナーで軽く焦がし、おろし生姜でいただきます。        今回は串焼きにした蕎麦団子を味噌胡麻ダレを付けて味わって戴きましょうか。

蕎麦寿司  稲荷と巻物 まあまあ見てのお楽しみ えっ? 何これ? と言うこと間違いなしかも?

蕎麦サラダ  各種野菜に蕎麦の実添え これで世の女性陣を黙らせて来た ? 極秘メニューです。        味付けは フルースロー? 蕎麦つゆ? どうぞご自由に!

ざる蕎麦   期待を持っていただく為にも、渾身の力作笊蕎麦と言うことにしておきましょう!

(茸蕎麦)   満腹にならない人の為に、汁ものを隠しておきたいと思います。

デザート   アイスクリーム (カリカリ食感の蕎麦の実添え)
[PR]

by okasusumu | 2011-09-21 10:30 | 黒河内窯
2011年 09月 20日

寄り道

駒ヶ根高原美術館     (長野県駒ヶ根市)

駒ヶ根高原美術館は、駒ヶ岳千畳敷カールへの玄関口としてにぎわう駒ヶ根高原の観光スポット光前寺の入り口のすぐ隣にある。1993年に開館。池田満寿夫、藤原新也、草間彌生を常設展示する展示室、池田満寿夫展示室、草間彌生展示室、藤原新也「メメント・モリ」展示室がある。ほかにも現在活躍中の作家とロダン、ゴヤなど国内外の巨匠の作品約2700点を収蔵し、順次展示している。年に5~6回、企画展も開催している。
宝剣岳をイメージして造られた建物や木曽駒ケ岳の眺望は素晴らしく、音楽会・結婚式のできる多目的ホールもある。
『であい・いのち・ふたたび』をキャッチフレーズに「生きている美術館」を目指しているとあるが展示品とそのコンセプトが結びつかない。収集しやすいものを集めた感は否めない。
池田満寿夫の展示は、数は多くはないが池田の才能の豊かさを改めて感じさせる内容である。小品は、東京のデパートで何度となく開催されている。いやらしく感じたほうが良いと思われる作品群なのに、デパートで見たときに感じたいやらしさがなかったのはなぜなのか。
陶芸作品は、今まで見たこともない池田満寿夫にしかできない表現であった。
陶芸家が見たら稚拙に感じると思われるような作品だが壷のような形をしていて絵画やオブジェのように観る者を想像の世界へ駆り立てる不思議な魔力を持った作品であった。
その中に「縄文焼き」という手法で焼いた陶芸作品があった。
「野焼き」と書いてあったので、たぶん窯ではなくて野で焼く方法だと思うが池田の感性をそのまま土で表現したようなプリミティブな作品であった。
草間彌生はやはり好きになれない作家であった。
[PR]

by okasusumu | 2011-09-20 11:12 | 寄り道
2011年 09月 19日

他人に勧めて笑われた②

塩風呂

もう一つ風呂の話、今は直っているが、せき込みが激しい時があった。真夜中の事が多く、昼間医者に見てもらっても、異常なしで終わってしまう。結局、新橋のアレルギーセンターにしばらく通い、対処療法の吸引式の気管支拡張剤で夜の咳を抑えていた。あるとき、山陰の塩分濃度の強い温泉を旅番組が紹介していた。穴倉のような温泉でその蒸気を吸うことがこの病に良いらしいと旅館の主人が話している。即実行である。と言って山陰まで出かけるのでなく、風呂に塩を入れるわけでもない。風呂釜が塩分で錆びるのは避けなければならない。
 実行したのは、スプレーの水を4~5%の塩分濃度にして、風呂につかり、顔にそのスプレー水をひたすらかけた。そして今、そんな病気であったことすら忘れてしまっているがその塩分濃度の水を洗面器に作り、そこに浸したタオルで体中を噴くことにしている。これで山陰の何とか温泉に言った気分で肩こりも腰痛もなし、体はいつまでもポカポカ温かい。
 人間だって海に誕生したシアノバクテリアが元になっている。海の恩恵、塩の効能を見過ごしてはいけないのだ。
[PR]

by okasusumu | 2011-09-19 14:22
2011年 09月 19日

他人に勧めて笑われた

スギナ風呂

 軽トラを休まず5時間近く運転すると、尻にあせもが出来てしまう。場所が場所だけに、痒いと人前でボリボリするわけにはいかず、体をよじるのがせいぜい。そこで、小耳にはさんだ療法、スギナを両手いっぱいに採取、袋に入れて浴槽に入れてみた。風呂の完成した日だった。もちろんその日に入り、スギナの袋をそのままにして、翌日も入った。2日目はシギナの成分がにじみ出たのか少し濁りがあったが、じっくり浸った。
 これで完全に、尻のあせもは消えた。信じて救われたが、信じても実行する人は多くない。
[PR]

by okasusumu | 2011-09-19 13:43
2011年 09月 19日

寄り道

光前寺(こうぜんじ)    (長野県駒ヶ根市)

 光前寺(こうぜんじ)は、天台宗の別格本山の寺院で長野県駒ヶ根市の樹齢数百年の巨木林の中にある。道隆式池泉庭園や築山式枯山水、築山式池泉庭園と三つの庭園があり、さらにはヒカリゴケが自生していることで知られている。
山号は宝積山(ほうしゃくさん)。院号は無動院。本尊は不動明王で秘仏。天台宗信濃五山(戸隠山の顕光寺・善光寺・更科八幡神宮寺・津金寺・光前寺)の一つで、1967年(昭和42年)5月10日、庭園が国の名勝に指定されている。
古記録は武田勝頼と織田信忠との戦いなど数々の羅災により失われているが貞観2年(860年)、円仁の弟子、本聖の開基と伝えられる。
境内全域が、「光前寺庭園」の名で名勝に指定されており、訪問時の2010年は開山1150年祭、7年に一度(寅・申)御本尊の不動明王の御開帳が開催されていた。夏の盛りであったが春の桜と、本坊客殿奥庭園の紅葉風景の見事さが十分予想できるすばらしい寺院である。
創建時は現在より200メートル木曽山脈寄りのところにあったらしい。天正慶長のころには武田氏、羽柴氏などの庇護を受け、また、佐久郡、諏訪郡にまでその寺領を広げた時期もあった。江戸時代には、徳川家光から朱印地60石を受けた。明治元年(1868)神仏分離令により塔頭末寺の多くが廃された。
•本堂 - 嘉永4年(1851年)に再建されたもの。
•三門 - 嘉永元年(1848年)に再建されたもの。十六羅漢を祀る。
•弁天堂 - 室町時代に建てられたもの。入母屋造。重要文化財。内部に弁財天と十五童子を安置する。
•経蔵 - 享和2年(1802年)に建てられたもの。唐破風造り。旅僧が奉納した大般若経が所蔵されている。
•三重塔 - 文化5年(1808年)に再建された、約17メートルの塔。長野県宝。
•仁王門 - 安置されている仁王像は大永8年(1528年)に作られたもので、駒ヶ根市の有形文化財に指定されている。
•賽の河原 - 三重塔南にある。三十体以上の地蔵尊が並ぶ。
また、霊犬早太郎説話でも近隣に知られている。
昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われていた。その頃、遠江の見附村では、毎年田畑が荒らされ、その被害に困った村人は矢奈比売神社の祭りの夜に村の娘を人身御供として神様に差出し、これを鎮めていた。
 延慶元年(1308年)8月、この地を旅の僧侶が通りかかり、神様がそんな悪いことをするはずがないと祭りの夜にその正体を確かめると、現れた怪物が「信州の早太郎おるまいな、早太郎には知られるな」と言いながら娘をさらっていった。僧侶は、早速信濃へ行き、光前寺で早太郎を探し出し和尚から借受けた。そして次の祭りの日、早太郎は娘の身代わりとなって怪物(老ヒヒ)と戦い、見事退治した。
戦いで深い傷を負った早太郎は、光前寺までたどり着くと和尚にひと吠えして息をひきとったと言われている。 早太郎を借り受けた僧侶は、早太郎の供養のために大般若経を光前寺に奉納した。これは寺宝として経蔵に保管されている。また、本堂の横に早太郎の墓がまつられている。
[PR]

by okasusumu | 2011-09-19 11:09 | 寄り道
2011年 09月 18日

寄り道

久保田一竹美術館   (山梨県河口湖町)

 御坂峠の上り口、河口湖湖畔にあり近くに河口湖美術館や綾小路公磨の記念館や猿の大道芸劇場があるが寄り道したのはここだけ。
本館は、1000年を超す「ひば(ひのき科)」の大黒柱16本を使ったピラミッド型の建築物、とにかくこの建物が豪壮で、見る人を驚かす。頂点は13メートル、床面積200平方メートル。伝統的な職人の技と、現代的なログハウス工法の技との融合が成し得た複雑な木組みで、吹き抜け状の内部から、その木組みが全て見える構造になっている。
この建物に、久保田一竹のライフワーク「光響」の連作をはじめ、富士をテーマにしたいわゆる「一竹辻が花」の作品群及び代表作品が展示されている。
辻が花染めとは、室町時代に栄えた縫締紋の紋様染で、名称の由来は定かではない。始めは庶民の小袖から始まったと言われ、後に武家に愛され、高級品として一世を風靡する。しかし、江戸時代の初期、より自由に絵画的表現の出来る友禅の出現により、衰退を余儀なくされ、そしてその姿を消すことになる。
久保田一竹は21歳から2年間兵役に服し、敗戦後3年間極寒のシベリアに捕虜として抑留されている。暗く絶望的な虜因の苦しみを長く味わい、帰還後、残された半生を憧れつづけた「300年前に忽然と消えた」幻の辻が花染めに没頭し、生活の基盤であった手描友禅さえも捨て、辻が花研究を続け、還暦を迎えた年、創作「一竹辻が花」を発表している。
その作品が本美術館に展示されている。
すばらしい作品とは思うが、欲しいとは思わない作品である。むしろ室町時代の庶民の小袖がどのようなものであったのかに興味がゆく。時の流れにより、消えるべくして消えた染めのように思われる。
一竹美術館を構成する三大要素に「展示物」、「建造物」、そして「庭」がある。
庭は、琉球石灰岩、富士の溶岩、多種多様の植栽、渾々と湧き出る豊かな水とあいまり、独特な雰囲気を醸し出す。春には、桜、つつじ、新緑の木々そして多種多様の高山植物、秋には紅葉、冬には荘厳な富士と、四季折々の彩りを楽しめる。案内によれば、 紅葉の中で薪能が開催されているらしい。
[PR]

by okasusumu | 2011-09-18 09:48 | 寄り道
2011年 09月 14日

工房に電気が通った

今井棟梁により工房に電気が通った。。f0067937_1122282.jpg

これでろくろを回す事が出来る。棟梁が作った作業台を真似して、ろくろ台を作り、小道具を探し出し、ろくろを回し始めたのは午後6時を過ぎ暗くなっていた。
 ろくろはモーターが回転する若干の音を出す。工房はその音だけの世界になった。いや、外から森の声が聞こえてくる。ガサガサとは何の音だろう、誰かが近くに来たのだろうか。竹藪のざわめきはわかる。森を渡る風と木々の囁きも理解できる。しかし、時折聞こえてくる足音のような音は何だろう。
 気にしながら、蕎麦会席に必要と思われる蕎麦猪口、ぐい飲み、向付などを幾つか引いてみた。
ガサガサと大きな音がした。昼間の水道工事店の村上さんの話が蘇った。
「熊には気負付けてくださいよ。蜂蜜を採集していた時、小熊に襲われたお婆さんがいるんです。そのお婆さん、足を引っかかれ、頭にきたもんだから熊の足をかみついたのさ。熊は驚いて婆さんを振り払い逃げさって行ったらしい。おそらく親熊だって近くにいたと思うよ。親熊は、お婆さんを見てすごすごと引き返した、だって婆さんの口に歯が一本もなく、血が滴り落ちているものだから、山姥と思ったんだろうよ」
どこまで本当の話だか分からない。しかし、次の話は信じた方がよさそうだ。
「出会いがしらが危ないから、ラジオをかけて作業すると良いよ。向こうが先に気が付けば襲ってくることはないよ。裏山は栗だらけだからきっと来ているさ」
昼間の話を思い出しろくろを引くのをやめた。次はラジオを用意しよう。
ろくろ成形の後は高台の削り出しが必要だが、この場の乾き具合がどうにもわからない。適当にビニール袋をかけて終えた。
 翌日、別の事をし、削りのためにろくろの前に座った時はタイミングを失していた。固くなった土の削りは硬い物しか生み出さなかった。
f0067937_94843.jpg
[PR]

by okasusumu | 2011-09-14 11:27 | 黒河内窯
2011年 09月 14日

水道工事

 風呂場が完成して、いよいよボイラーを設置して湯を入れることになった。伊那市の指定水道工事店である地元の村上鉄工にお願いして配管、工事を終え、灯油を入れて試運転。ところが、ボイラーのコアの部分に亀裂があった。それが水の圧力で破裂した。ボイラーを持ち込んだのは昨年の10月ごろ、そして冬を越した。今まで、この地の寒さに、3度の失敗をしてきた。最初が水道管の破裂であり、2度目はトイレの水槽タンクだった。3月も後半に入っていたので油断をした。この時、タンクから便座まですべて変えた。そして3度目が変えたばかりのシャワー付き便座だった。町の水道課(?)には水道を出し放しの状態で元栓を閉めると説明された。その通りにした。トイレの設備屋はタンクは勿論、便座も水を抜かなければと言った。指示に従った。しかし、便座の細い管に残った水が凍り電磁弁を壊した。
 さて、ボイラー、すべて配管した状態で破裂しているからと言ってあきらめるわけにはいかない。当然修理をして使えるようになったが、冬が心配になって来た。水道管は凍結防止が施されたが、ボイラーはむき出しである。「毎日使っていれば問題ありませんよ」と村上さんは言うが、雪のあるシーズン行けるものではない。
「だったら、完全に水を抜くしかないですね。それで大丈夫です」
だそうだ。寒気はいつやって来るかわからないが、11月から万全の注意力が必要のようだ。
 
それにしても素晴らしい風呂が出来上がった。素通しのガラスの先に裏山が続き、その傾斜から覗き見するのはせいぜい、猿か鹿。どうぞご見物を。
f0067937_10294846.jpg

[PR]

by okasusumu | 2011-09-14 10:32 | 山荘概要
2011年 09月 14日

丸い山こす秋の風

秋ソバ畑 早朝、散歩に出た。ソバ畑を爽やかな風が渡って行く。ばら蒔きのソバ畑は実に美しい。土が見えないため、自然さが出ているためだろう。
f0067937_918334.jpg
f0067937_9185042.jpg
f0067937_91921.jpg
f0067937_9191517.jpg
f0067937_9193255.jpg


f0067937_111143.jpg
f0067937_1111362.jpg
f0067937_11114949.jpg

[PR]

by okasusumu | 2011-09-14 09:22 | 山荘周辺の草花そして虫たち