信州かくれ里 伊那山荘

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カテゴリ:里山逍遥( 40 )


2011年 08月 29日

官でも民でもない公共

 稲穂が頭を垂れるようになりました。山々に木魂するドカンドカンという音は群がる雀を驚かせ、追い払うガスによる空砲です。
 収穫の季節が近づきました。福島の早場米が放射能の心配をクリアーして、無事に出荷されたと今朝のニュースが伝えていました。正直ホッとしました。口では東北がんばれと唱える人たちの中に、東北産を敬遠する人たちがいます。本音が見えていやらしく感じますが検査結果の数値で大丈夫なことを証明しているのですから、いやらしい人たちも文句は言えないでしょう。農家の人はこれからの出荷が本番と言っていましたが無事を祈るばかりです。
 稲刈りを終えると、農村の景色に静けさが加わります。端正な美しさとは違った人の営みが織り成し、醸し出したひなびた閑雅な世界です。
最近では、農家の営みが変わり、草も伸び放題、景観が変わって来ました。
 新潟の阿賀野川流域のある集落に、友人が借りた耕地の手伝いに行った事があります。茅葺にトタンが被せられた古民家の集落は昔ながらのほのぼのとした明るい 農村でした。その集落には三世帯しか住んでおらず、いずれも高齢者世帯でした。見渡す限りの耕作放棄地で、水田だったと思われる平坦なところに整然と葦が 茂っています。そこに住むお婆さんと話し込むうちに「お盆になると親戚が来る。せめてお墓だけはきれいにしたい」との願いを聞くことになってしまい、十七 年間放置されたという広大な葦原を、杉林の中の先祖代々の墓が見えるようになるまで刈りはらいました。「これで親戚に申し訳が立つ」と未だそこに怠け者の レッテルを貼られるのを嫌がる農家の嫁さんがいて、その嫁が泣いて喜びました。
 農家の嫁さんの受難の時代は長く続いたようです。「母親の背中を見 て育った子供たちは農業を毛嫌いする」とお婆さんは語ります。「農業そのものを駄目にした」と。美しい農村の多くは農家の嫁の汗と涙の賜物です。草刈りの 対象は田畑に限らず周囲の畦や土手、農道、小川など自己の所有地以外にも及びました。集落の成り立ちを考えれば、「嫁さん任せはいけないが、みんなの事は 共同でする」のは当たり前で、草刈りも道普請もお祭りも民が行う公共の仕事でした。
ところが農家の生活が変わりました。兼業農家が増え、専業は高齢者ばかりです。その結果、耕作放棄地が増え、草はあちこちで伸び放題、美しい農村の景観は崩壊し始めました。
一 方で、膨らみすぎた行政は、金詰りで小さな政府を目指さなければなりません。官の仕事が民に移り始めています。官でも民でもない仕事は誰が担うのでしょう か。ボランティアがこの新しい公共を担うことになるのでしょうが、心配なのは自治体職員の専門家ぶった縄張り根性です。

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by okasusumu | 2011-08-29 21:10 | 里山逍遥
2011年 08月 23日

コンクリートの畔

コンクリート畦のこと
 NHKテレビ「わが町の棚田を守れ」の放映後のことです。視聴者からNHKに電話が入り、そしてその内容が発言者に告げられました。内容は「田んぼの畦がコンクリート化され生物が棲みづらくなった」と言う発言に対して、コンクリート化された畦など見たこともない、どこにあるのかと言うものでした。問われて田んぼの光景を思い浮かべてみましたが、稲作地域の田んぼはすべてコンクリートに仕切られていますので「どこと言われても、どこもかしこも」と答えざるを得ません。その答えではNHKは納得しません。「具体的にはどこですか」と突っ込んで来ます。そこまで言われると自信がなくなります。
 同じ週の土曜日、相模原の相模川の水を引く田んぼの田植えに手伝いに出かけました。以前、我が棚田の作業に手伝いに来てくれた人たちの田植えです。手伝いに対する返礼は手伝いです。この義理が果たせないようではNPOの環境活動などやめたほうが良いと思っておりますので、田植えのシーズンはあちこちに出かけることになります。そこで自信を取り戻しました。その相模原の田んぼも次の日に行った酒匂川から水を引く山北の田も、思い起こせば不耕起栽培を学んだ利根川から水を引く佐原の広大な水田もコンクリートで仕切りされ整備されていました。田植え機などの機械をコンクリートに接触させないために境界に土が盛り上がり自然の畦のように草が生えている部分がありますがわずかなものです。
 考えてみれば、自然の畦だとすれば、水争いだけでなく境界争いも絶えないはずです。維持作業も大変で、共同作業も常に行わなければなりません。地域全体のことですから個人ではどうにもならないという点もあるはずです。水田は多面的機能を持つと言いながら、コンクリートで仕切れば、区画整理ができて、作付けの有効面積も広がると農業関係者は考えますのでコンクリート畦は広がる一方です。
 NHKの間違い探しを趣味とする人かどうかは分かりませんが、連絡を入れた人の地方には、あるいはコンクリートの畦はないのかもしれません。しかし、それは数少ない地域、羨ましい地域です。残念ながら、美しい畦が残っているのは、山田の小規模の田んぼしかありません。愚かなことにコンクリート畦は観光化した棚田にまで及ぼうとしているようです。
 ともあれ、コンクリートの畦には美が感じられません。棚田が美しいのは、自然と人とが織り成したものだから、人の仕事が見えるから、物語が読めるからです。
今回のテレビ取材の前に草刈りをしたことに、映像でしか物を考えないNHKの人は違和感を覚えたようです。私たちは放置された自然が見苦しいと感じたからこその作業でした。これは、映像でしか自然を見ない人たちと、常に自然の中にいて、放置された自然に押し寄せる自然の脅威を感じる私たちの違いかもしれません。
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by okasusumu | 2011-08-23 09:24 | 里山逍遥
2011年 08月 17日

伊那谷へ

 信州伊那谷を訪れました。
 都会からの移住者が多い地方です。その地で不動産業を営む北原さんを訪ね、厚かましくも、「物件」として扱っている高遠の空き家を見せていただきました。
高遠は数年前に伊那市と合併した桜で知られる落ち着きのある城下町です。
北原さんに案内され、 訪れたのは国道沿いの空き家でした。普通の客のように玄関から入りましたが、声をかければ誰かが出てきそうな感じがします。卓袱台の上の新聞は広げられたまま、読み手が帰るのを待っています。裏の畑のどこかに時空の裂け目があって、この家の人はそこに落ち込んで、異空間に紛れ込んだ。そんなミステリー小説のシーンのような室内です。壁に4枚の写真が掲げられていました。祖父母と曽祖父そしてもう一枚は、新聞の読み手の奥様でしょう。ここで生まれ、暮らし、ここで死んでいった人たち、この家の歴史がそこにありました。
過去を受け継ぎ、未来につなごうとした人がこの歴史の最後の一人になってしまいました。若者が都会に出た集落は歯が欠けるようでした。職場がないので若者が出て行くのは仕方がありません。気がつくと冠婚葬祭も、共同での道普請も、祭りもできなくなっていました。今では十軒の集落の、六軒は夜になっても明かりが灯りません。ふるさとが消えていきます。
写真を見つめながら「未来につなぐことが出来ない」と悟った気持ちを推し諮ることは出来そうにありませんが目には浮かんできます。一升瓶を抱えながらの一人酒です。
北原さんは、ここのおじいさんは、時空の裂け目ではなく、「病気になり近くの市に住む子供に引き取られた」と説明してくれました。
ここでは集落の消滅が目の前まで来ています。東京から車でわずか三時間の地、他の山村は推して知るべきでしょう。病める山村の偽らざる姿です。

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by okasusumu | 2011-08-17 11:18 | 里山逍遥
2011年 08月 16日

コモンズ

コモンズの悲劇
 林の中で開催された自然塾の時のことです。雑木林の道ぎわに林床の落ち葉を集めた堆肥場があって、「ここでカブトムシの幼虫が育っている」とこの場の制作に携わった会員が誇らしげに小声で話していました。それを聞いていたのか、参加者の一人が「こんなに落ち葉をかき集めてもいいのかな」と誰に言うとなくぼぞぼそとつぶやきました。堆肥場の制作者としては聞き捨てになりませんが、ただ昔ながらの事をしただけと思っていますので、なんと反論して良いのか分かりません。
他の会員が「半世紀近く放置してあったので、栄養は十分行き渡っているから」と助け舟を出して、塾生は納得したようです。
 山の落ち葉は、化学肥料のない時代、田畑の栄養に欠くことが出来ない資源でした。しかし、誰でも持ち出せるわけではありません。入会権という利用権があるのです。よそ者が持ち出すなど許されることではありませんでした。権利者は、残さず、掃き清めるようにきれいに持ち去りました。頭はもっぱら田や畑の肥料のことだけ、先のことはありません。木々は自分たちのために有機物を作りだしていたのですが、それを人に奪われてしまいます。栄養失調で山はだんだん痩せて行きました。痩せた山にはコナラやクヌギの広葉樹を育てる力がありません。痩せ地に耐えるアカマツ林、そして禿山へと移行して行きます。葛飾北斎の描く「五十三次」、山の木は松、そうした山ばかりだったのでしょう。
塾生のつぶやき、そして難しい本に出てくる「コモンズの悲劇」とはこのことを言っています。コモンズは共同利用地、入会地のこと。昔は使い過ぎによる悲劇でした。今は笹ぼうぼう、だからと言って、しがらみにより、うかつに手入れが出来ない利用放棄による悲劇、古くて新しいコモンズの悲劇です。
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by okasusumu | 2011-08-16 11:03 | 里山逍遥
2011年 08月 15日

秋そばと放射能

 震災の翌日、倉敷に住む娘から電話があり、原発事故の影響をいち早く心配、しばらくの間、伊那谷の方に行っていた方が良いと言います。工学博士の夫君の意見のようです。ありがたい忠告です。長野も真夜中に激しく揺れたと言う方向に話が移り、移転はうやむやになってしまいましたが同じ情報に接しながらもいち早くメルトダウンを想定し、放射能の飛散を予見したのは流石です。
 原発事故後避難地区に指定された福島の阿武隈山地を二年ほど前の夏の初め、あてどなく歩き、たばこ畑に迷い込んだことがあります。
 大きな一枚一枚の葉の上で夏の光が飛び跳ねていました。懐かしい光景、記憶にある臭いです。
 高度経済成長期までは銘葉、秦野葉の産地として丹沢の山裾にもたばこ畑が広がっていました。そこは子供たちにとって禁断の地。農家が大切に育てる桑の木を、こっそり切り取ってチャンバラの刀にした悪がきもこのたばこの畑には入りません。宮沢賢治の「風の又三郎」には、知らないで葉をもぎ採った転校生、三郎を「専売局にこっぴどく叱られるぞ。俺、知らない」と白い目で見る友達、そんな彼らが三郎をかくまうシーンが描かれています。私たちも又三郎の話と同じで、産地では、専売局の脅しが十分に効いていました。農家は葉の一枚一枚を大切に育て上げました。大きな葉を付ける茎は木と呼ぶほどに太くなります。その分肥料が必要で里山の落葉落枝が堆肥の主原料になりました。下から順に葉を掻きますが、取り終わるといつ植えたのか秋そばが育っています。
 そばおかぼ丸い山越す秋の風
関東大震災(大正十二年九月)で生まれた湖(震生湖)を調べに秦野盆地の南側の丘陵にやってきた地質学者、寺田虎彦の句です。腰を下ろし、汗をぬぐう虎彦をかすめて一陣の秋風が行過ぎます。そば畑がざわめき、波のようにうねりました。白いそばの花はなぜか物悲しさを漂わせ、虎彦を物思いの世界に引きずり込みます。
風土が生んだ美しくも寂しい秋色の景色が消えてかなりの月日がたちます。畑は、耕作が放棄され草ぼうぼうになってしまいました。
 先週の土曜日、そんな畑に秋そばの種を撒きました。「それでよいのかそば打ち男」というエッセイ集が世に出回るほどそば打ちは人気があります。その人気を利用して「手打ち」とセットで塾生募集をしたところ沢山の人が集まりました。「手打ちそば」もそば粉から自分で作ったとなれば上手さは格別です。都市と農村の共生、対流はやり方しだいでは、案外難しくないのかもしれません。
 ところで阿武隈山地の葉タバコ、まだ具体的な話は出ていませんが、収穫の頃になるときっと放射能の心配が出て来ることでしょう。米もそばもきっと心配性の対象になるに違いありません。今日も大文字焼の薪が東北産であることから行事が取りやめになったとテレビがニュースを流していました。「頑張ろう東北」と言いながら、本音では東北産を差別する、口先ばかりの輩に日本人はなってしまいました。過剰な反応にいろいろなイベントが中止になるのはさびしいことです。
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by okasusumu | 2011-08-15 21:33 | 里山逍遥
2011年 08月 15日

エネルギー政策

 震災とエネルギー

 震災直後、ガソリンが入手困難になりました。震災当日三月十一日に伊那谷へ行き、翌日急ぎ帰ったため往復四百キロを走りガソリンが少なくなっていました。それでも燃費の良いプリウスですから何とか二週間を持ちこたえました。
 スタンドの長蛇の列は続いていました。なんと口と行動が違う人が多いのか嘆いたものです。並んでまでしてマイカーに給油する人が、東北がんばれは片腹痛いと思ったものでした。列が消えた段階で近くのJAのスタンドによりました。すると、顔見知りの販売員が、会員でなければ給油しませんと、ぶっきらぼうに答えます。会員ではないけれど、今までずっといれていた店です。客が増えてにわかに態度が大きくなってしまいました。以来、近くですがそこでは入れません。信号待ちをしていると暇になった例のスタンド販売員が物欲しげな目で頭を下げます。笑顔は返しますがそれきりです。不思議なことに、この騒動でトイレットペーパーやティッシュペーパーもスーパーから消えました。買い溜めに走る人が現れたのです。ずっと昔を思い出しました。
「トイレットペーパーどうしますか」
スーパーマーケットからトイレットペーパーや洗剤が消えた日、心配になった妻が発した言葉です。結婚した直後のことでした。昭和四十八年、原油価格が四倍に引き上げられ、国内の物価は異常に高騰、狂乱しました。第一次オイルショックです。「トイレットペーパーが無くても死ぬことはない」と言いつつも、「みんな買いだめをしている」と言われると先行きが不安になったものでした。
先年訪れたデンマークも、このオイルショックを受けた資源のない国で、当時のエネルギー自給率は二%。原油価格が一挙に三倍以上に跳ね上がり、エネルギー源を他国に依存する怖さを思い知らされています。
他国依存の怖さを知った日本とデンマークの対応の違いは、その後の自給率に表れています。日本は現時点で、主要先進国では最低の四%、ウランを輸入する原子力を準国産として含めても二0%に過ぎません。オイルショック後も石油の消費量は増え続けました。喉もと過ぎて、怖さを忘れてしまいました。
一方、デンマークは二〇〇〇年の時点で約一四〇%、完全自給を達成、エネルギーの輸出国へと変貌を遂げています。その中心をなす自然エネルギーが風力です。空港を降り立ってまず目に付いたのが風車でした。同行者が一斉にカメラを向けました。日本にもありますが、巨大な三枚ばねは、まだ珍しい存在でした。
この国では見渡せばどこかに風力発電施設があるほど普及し、広々とした牧草地と風車が農村風景になっています。
風車の所有者は、個人であったり共同であったりで、性能さえ良ければ風速五~六メートルで採算が取れることから、農家の大切な収入源となっているようです。
「経済を忘れた道徳は寝言である」と言ったのは二宮尊徳でした。この国のエネルギー政策でも農民の経済が動き、活力が生まれています。
風力発電は温暖化の原因と見られる二酸化炭素を出しません。転ばぬ先の杖の国際的約束事、京都議定書にそっぽを向く米国、約束の六%減の達成が難しい日本に対してデンマークは二〇%減が政策目標です。産業界をおもんばかる米国と日本。国民の健康を考えるデンマーク、環境政策に違いが出るのは当然です。
六%減を諦めた日本と違って二〇%減を政策目標に掲げただけあって新エネルギー(バイオマス)への取り組みも盛んです。家畜の糞尿のバイオガス、木質バイオマス、麦わらバイオなど学ぶ事ばかりです。

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by okasusumu | 2011-08-15 10:51 | 里山逍遥
2011年 07月 23日

振り子反転のとき

 ミーイズムと地域社会
「自分は六十歳になったら農業をやめようと思っている」あるシンポジウムでの専業農家のパネリストの言葉です。
「農業はきつく年寄りには向かない。定年退職をしたら、農業でもやれば良いなどと、そんな甘いものではない」
おっしゃる通りです。
しかし、そうではあっても現状は食糧の自給率は四〇%と低く、耕作放棄地は広がる一方、林業は成り立たず、山も実際は放置されているのが実情です。
歪みがどこかに生じています。
 シンポジウムの主催者は、定年退職者の居場所探しに「緑と農」はどうかと具体的に提案をする形で分科会を設置しました。他の分科会は「新しい公共」そして 「地域創造」です。いずれも、経済成長とともに不明になった官でも民(私)でもない仕事を誰がやるのか、それぞれの分野で探る意図がありました。そして、 経済成長と共に成長し、間もなく退職をする人たちの地域デビューを狙いました。
 くだんのパネリストも同世代ですが「この世代は自己中心的で共同には馴染まないようだ」と体験談を交えて話します。世代間に考えや意識の違いがあるとは思っていませんでしたが、この話に、ふと頭をよぎったのが戦争でした。
彼らが生まれる直前まで、個人は自分の意見を主張しないで集団に追従していく社会で、戦争にまっしぐら。その反動は、明るい未来は個を尊重する個人主義に切り替えるところから始まるというものでした。
 彼らの成長とともに個人主義は膨らみました。集団よりも個を尊重する風潮は、経済的豊かさとともに「個」の自由が謳歌できる社会を作り上げました。
  引き換えに、郷土や国家と言った、本来、個を守っていた、さまざまな共同体を弱体化させてしまいました。衣食足りてその先にあったものは、家族や共同体の 崩壊と老齢化という現実です。
団塊ジュニアーが親世代に成長したこのごろでは、自分さえ良ければと言う人間が増えすぎています。自己中心主義というのか ミーイズムと言うのか公衆道徳が乱れ、社会が乱れました。教育やモラルが低下し、そして出生率を低下させ離婚率を上昇させました。まさに現代的問題です。 個人のみを尊重する生き方から地域社会を巻き込んだ共同体のあり方を考えなければ市民の不安は増大するばかりです。そろそろ振り子の反転のタイミングです。
大震災は、まんざらでもない日本人を浮かび上がらせました。なでしこジャパンの女子サッカーW杯優勝もいつもの日本人とは違う姿勢の女性を写し出しています。勝っても負けても泣きじゃくる甲子園の男子と違う毅然さがありました。振り子の反転、まだ遅くないようです。

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by okasusumu | 2011-07-23 09:07 | 里山逍遥
2011年 07月 20日

ゴマメの歯軋りに

全伐か間伐か
2月の終わりの勉強会で、宮代さんが里山は全伐より間伐のほうが良いのではないか、全伐を進めると自分たちの管理する山は丸坊主になってしまうといった趣旨のことを発言した。
 昨年、わずかな部分だが短冊状に全伐を行った。これは、陽樹であるクヌギ、コナラは光が燦燦と降り注ぐところでなければ育たない習性があることから、萌芽を促すためには光が入る全伐が良いという理由によるものだった。間伐程度では、萌芽してもすぐ枯れるという経験則と古くから伝承された地元の人の知恵に従ったものだった。
雑木林に効用を見出したのは弥生の頃だろうか。クヌギ、コナラは15周年
周期で順繰りに切られてきた。二千年近く連綿と続いてきた寒仕事だった。
しかし、よく考えてみればこの作業は雑木林が薪炭林として使われてきたときは必要欠くべからざるものだった。ところが、薪、炭がいらなくなった今、なぜ萌芽をさせるために切るのか、と質問されると正直答えられない。不用な雑木をなぜ生産するのか。宮代さんの意見は的を射ている。
宮代案の間伐法でいけば元気な木を、適当な間隔で残して置けば里山は維持できる。むしろ残された木は大木となり、見て触れて心地よく林の中は明るい。市民の望む雑木林はまさにこうした林だ。
そうした林の管理ならやりがいもある。ボランティアも多く集まるだろう。
 
神奈川県のサポートセンターのプレゼンテーションでの総括で堀田力会長は
「里山保全事業の将来が見えてこない」と言った。本来的保全事業は単なるボランタリー任せの活動でなく、事業の位置づけをはっきりさせ、誰が、どのように、どうするという問いに答えなければならないという会長意見だと理解した。里山に限らず山にも森林にもそして田畑にも公益的な機能がある。それも多面的だ。
 それを、「お前さんたちだけで頑張ってもそんなのはゴマメの歯軋りに過ぎない。歯軋りに終わらせたくなければそこに産業を興す位の決意が必要だ・・・」とするご意見だったのだろう。さすが、ロッキード事件の主席検察官だ。
おっしゃるとおり、全伐、間伐程度で悩んでいるのだから里山保全など「ゴマメの歯軋り」かもしれない。
 ブロックを区切って全伐すれば里山は、昔と同じように落葉広葉樹林の二次林として四季折々の美しさを醸し出してくれるに違いない。しかし、そうして更新、再生されても20年後はどうする、
40年後はどうする。全伐して更新を促す人はいるのだろうか。社会が不用とすることを実行する人たちがいるのだろうかと問われたとき返す言葉がない。
 だったら、間伐で一本一本を大径木にすれば良い。それでも2000年以上続いてきた落葉広葉樹林は守られる。
果たしてそうだろうか?
 クヌギ、コナラの寿命を120年としてこの寿命に達したときどうなるかが問題になる。クヌギやコナラは陽樹で木陰では育たない。だから、寿命に達したクヌギやコナラの大木の下に後継樹はない。老木が倒れるのを今や遅しと待ちかねるのは照葉樹ばかりだ。大木になっては落葉広葉樹の更新は難しい。植えれば良いとしても、しばらくは禿山に近い稚樹の山ということになってしまう。
となると、自然に任すしかない。「後は野となれ山となれ」で放置すれば、あとは照葉樹の世界となる。宮脇昭氏などこの説だ。お背戸の里山がおどろおどろした縄文の世界になるのはなんとも悲しい。可能な限り落葉広葉樹林を守りたい。日本人の美意識は季節折々に変わる自然の中で育まれてきた。
所有者が見限り、行政に金がない。里山保全事業に将来が見えないといわれても、それを承知でゴマメが歯軋りをするのであって、ゴマメがたくさん集まれば将来が見えてくるかもしれない.

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by okasusumu | 2011-07-20 15:17 | 里山逍遥
2011年 07月 18日

丹沢から伊那谷へ 

 自由と静けさのある大人の世界
 先日の爆弾低気圧による強風に、里山の境木になっている杉の大木が倒され、山道をふさぎ、隣のミカン山の木々をなぎ倒してしまいました。人の行き来のない 山道のこと、一週間たってもそのままです。倒木は沢山の花を付けていました。子供のころ杉鉄砲の弾にして遊んだものです。今は悪名高き花粉症の元凶です。 今年も花粉は多そうです。
 枝を落として、チェンソーで大木を輪切りにしましたが、重くて運びだす事が出せません。持てる重さにするためには丸太を半分に割らなければなりません。これだけで一日がかりです。一人の力などこんなものです。
  一人では何も出来ないので、「皆でやろう」が私たちの出発でした。ボランティア活動ですので利益を追求する会社と違って方針はありますが、細かな点は各人 の主体性に任されます。目的があって、手段は話し合いで決め、後はそれぞれが得意分野で活躍するのです。できる事を自ら探してやれば良いし、出来なければ 協働して、それでもできない事はやらなければ良いとしています。
定例活動への参加も自由、参加しなくても誰も言う事はありません。
 とこ ろが、時として、経験の少ない会員に頑張りすぎる人が現れるものです。そして、自分はこれだけのことをやったと誇らしげに語るようになります。さらに「オ レはこれだけやっているのに、あいつは何もしない」「オレがいなければ収穫できなかった」とエスカレートします。褒められたい、感謝されたいと思う心が あって、そこに裁きの目があり、他人に批判的になっています。「みんなが来ているのに、あいつは来ない」と批判された事を知った人は永遠に来なくなってし まいます。
 結局は、「自分の自由を、他の人も尊重してくれている」ことを理解できない頑張りすぎの人は、相手の自由を尊重しないで、しばし静けさ を破り、波風を立てて行過ぎます。必要以上に頑張らなければ、人は自由と静けさを十分味わう事が出来るものです。里山はそんな大人の世界です。
 杉の倒木を半分に裂いてベンチを造り山道の端に置いて見ました。青い杉の葉を片付け、枯葉を散らしてみるとベンチは以前からそこにあったように自然に溶け込みました。疲れが飛んで行きます。

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by okasusumu | 2011-07-18 15:27 | 里山逍遥
2011年 06月 29日

丹沢から伊那谷へ  エネルギー政策

 津波、原発事故発生以前にある新聞に次のようなコラムを書いています。庶民の対応や政治家の姿勢、あまり変わらないのは悲しいことです。

「トイレットペーパーどうしますか」
スーパーマーケットからトイレットペーパーや洗剤が消えた日、心配になった妻が発した言葉です。結婚した直後のことでした。昭和四十八年、原油価格が四倍に引き上げられ、国内の物価は異常に高騰、狂乱しました。第一次オイルショックです。「トイレットペーパーーが無くても死ぬことはない」と言いつつも、「みんな買いだめをしている」と言われると先行きが不安になったものでした。
 訪れたデンマークも、このオイルショックを受けた資源のない国で、当時のエネルギー自給率は二%。原油価格が一挙に三倍以上に跳ね上がり、エネルギー源を他国に依存する怖さを思い知らされています。
 他国依存の怖さを知った日本とデンマークの対応の違いは、その後の自給率に表れています。日本は現時点で、主要先進国では最低の四%、ウランを輸入する原子力を準国産として含めても二0%に過ぎません。ショック後も石油の消費量は増え続けました。喉もと過ぎて、怖さを忘れてしまいました。
 一方、デンマークは二〇〇〇年の時点で約一四〇%、完全自給を達成、エネルギーの輸出国へと変貌を遂げています。その中心をなす自然エネルギーが風力です。空港を降り立ってまず目に付いたのが風車でした。同行者が一斉にカメラを向けました。日本にもありますが、巨大な三枚ばねは、まだ珍しい存在です。
 この国では見渡せばどこかに風力発電施設があるほど普及し、広々とした牧草地と風車が農村風景になっています。
 風車の所有者は、個人であったり共同であったりで、性能さえ良ければ風速五~六メートルで採算が取れることから、農家の大切な収入源となっているようです。
「経済を忘れた道徳は寝言である」と言ったのは二宮尊徳でした。この国のエネルギー政策でも農民の経済が動き、活力が生まれています。
 風力発電は温暖化の原因と見られる二酸化炭素を出しません。転ばぬ先の杖の国際的約束事、京都議定書にそっぽを向く米国、約束の六%減の達成が難しい日本に対してデンマークは二〇%減が政策目標です。産業界をおもんばかる米国と日本。国民の健康を考えるデンマーク、環境政策に違いが出るのは当然です。

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by okasusumu | 2011-06-29 09:18 | 里山逍遥