2013年 05月 02日
ヒョウタンの吸い込む力には爺も驚きました。でも、この話題は尾ひれが付いた噂になって広がりそうです。放置して、良からぬことが起こってはかないません。美照尼さんの口止めはしましたが、問題はヒョウタンに助けられた金吾さんと嫁さんです。金吾さんの口は軽そうです。 案の定、金吾さんが、貧乏神から開放され、落ち着いた頃、噂が広がりました。噂話をばかばかしいと思う人の9倍は信ずる人がいて、爺の家は見せてくれ、譲って欲しいという客が絶えません。玄関の土間に、ぶら下げてあるヒョウタンは誰にでも見せましたが、爺に譲る気持ちはさらさらありません。 そんなある日、近在一と評判の業欲男が、儲け話を持ってやって来ました。 「ヒョウタンを使って商売を一緒にやろう」 爺は断りました。強欲男は壁にぶら下がったヒョウタンを見て、なぜか不適に笑って、帰っていきました。 その日、村中が寝静まった夜更け、爺の家の玄関の鍵を壊して泥棒が入りました。 「泥棒さんは、何か置いていってくれたかな」 爺はのんきそのものです。盗られて困るものはありません。 次の日、天竜川の堰堤を歩く一人の男がおりました。 まんまとヒョウタンを手に入れた強欲男です。 「うっひっひっ。早速これで一儲けしてやるぞ。うっひゃっ、ひゃあー」 何をたくらんだか、近くの伊那の貫太郎一家に跳びこみました。 貫太郎一家は、縁日に屋台や露店を出店したり、大道芸人を派遣したりする的屋稼業で、このあたり一番の大道商人です。親方の貫太郎さんは、貯めすぎて、心配で眠れない日が続いているほどのお金持ちです。 「おめえか、不思議なヒョウタンを持っているてぇのは」 不機嫌に親方がそう尋ねると、この強欲男はペコペコして、 「へい、さようで、ごぜえますだ。親分が面白くないと思うものや、人、神様、病気なんでも消してお目にかけます。その代わり、うまくいったら、その、ご褒美をたんまりと戴きたいのですが。へっへっへ」 親方はそれを聞いて、 「なに?病気も神様も?このバチ当たりめが。まあ良い。本当は眠れるようにして欲しいがそれは無理だべ、原因がわからんで」 「そんなの簡単だべ、親方のお宝をそっくり吸い込めば良いだに」 「バカヤロー、帰りやがれ」 親方は怒ってしまいました。 「あれまあ、冗談だに。ほかに悩み事はなかんべか」 怒りを抑えて、親方は考えていました。そして、小さな声で恥ずかしそうに言いました。 「実はな、1週間ほど前から尻にでかい出来物ができて、これが痛いの何の、これが寝不足の原因だ。消してくれたら、礼は思いのままだ」 あたりをはばかるように、キョロキョロと見回し、そして望みを伝えました。 強欲男は大喜びです。 「へい、かしこまりました。じゃあ、親方、尻を出しておくんなせぇ」 「なにお、人前で尻など出せるか。俺は恥ずかしがり屋なんだ」 すごい権幕で怒鳴ります。 「見せてくんなきゃ、取りようがないずらー」 「そりゃあそうだな。だが、うそをついたら、ただではおかねえから、覚悟しやがれ」 と言って、親方は尻をパッと出し、強欲男の前に突き出しました。 すぐさま強欲男は叫びました。 「できものよ、パラソウギャーテーひさごにはいれ」 噂どおりに唱えました。静かになりました。一家の連中が面白がって覗いています。 ところが、何の変化もありません。大きなできものは、親方の尻に鎮座しております。 「おかしいな、間違いはないはずだ」 もう一度、唱えました。 「できものよ、ギャーテーパラソウギャーテーひさごにはいれ」 何度唱えても、できものは尻にそのまま残っています。 恥ずかしがり屋の、親分の顔はだんだん赤く膨れ上がり、怒りが加わって、まるで赤鬼のようになりました。 昼下がりの縁側で、どこから聞いて来たか、町の噂を美照尼さんが面白おかしく語ります。 「あの強欲男、すっかり懲りたようよ。それにしても、なぜ、吸い込まなかったの?」 「そりゃあ、無理だべ。普通のヒョウタンだ。昨日も一つなくなっていたな、大怪我しなきゃ良いが」 (おわり) 推敲で削除した部分は次の通り、 「なあ、神さんよ、物を持って眠れないと悩む貫太郎と、何も持ってない爺とはいくつも齢は違わんで、良いのかな、こんなにのんびりしておって」 美照尼さんが帰ったあと、爺はいつものように、山神様の、かぶさった雪を払いながら、少し感じた不安を口にしました。 「本当はわかっておるのに、わしに会いたいための口実を言いおって、まあ良いか」 と言いながら、 「それは価値観の違いだな。お前さんにとっては、大事なものが価値あるものじゃが、貫太郎は価値あるものが大事なものなんだよ」 「?} 「お前さんはキツネの婆さんの形見だからヒョウタンを大事にして、見せたり、あげたりする物とは区別しておった。泥棒や貫太郎は不思議なヒョウタンだから、高く売れそうだから大事にする」 「まあ、そうだな。人それぞれずら」 「人生の豊かさはな、いかに持ってるか、じゃあない。その人と、人や物との、かかわりの質だ。物は見えても、この大事な、かかわりの質は見えん。目に見えんから、間違える奴もおるで」 「すごい、神さんは詩人ずら」 「わかったら、明日はチョコレートを備えろよ」 「石がどうやってチョコレートを食うだべか」 「バカたれが、じゃあ、石に声をかけるな。いくら持っていても、知人がいくらおっても、それらとの結びつきが貧しければ、人生豊かじゃない。よい結びつきがあれば爺のような豊かな人生を送れるというものだ。爺は、わしにかぶさった雪も払ってくれる。感謝しておる」
by okasusumu
| 2013-05-02 13:49
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アバウト
梅、桜。桃の木の花の饗宴が終わると待っていたように凍土だった大地が芽吹きだす。数年前、雑草の中に数本あった花だが、背の高い草を採ると、増えだした。今やルピナスの丘だ。下の田に水が入る頃は美しい。 by okasusumu カテゴリ
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