2013年 10月 02日
五日前の真夜中のこと、足元に立つ観音様に気がつき、爺は目を覚ましました。 観音様はこうおっしゃいます。 「爺よ、町に行って駅前にある旅館の前で待ちなさい。爺の夢が向こうからやってきます」 わくわくする言葉です。 その日は朝から雪が降り続き、止みそうにありません。 「これでは、町に出かけられんな。観音様の言いつけだが、明日にしよう」 その晩、爺が眠りに落ちると再び観音様が現れ、昨夜と同じことをおっしゃいます。 「爺よ、町に行って駅前にある旅館の前で待ちなさい。爺の夢が向こうからやってきます」 その日は良く晴れていました。ところが道は雪解けでぬかるんで、まるで田んぼのようです。 「これでは町まで行くのは難儀じゃな。観音様の言いつけだが、明日にしよう」 爺は、その晩も観音様の夢を見ました。観音様に同じことを言われました。 観音様のお言葉ですが、三度も言われると、ありがたみが薄れます。しょせん夢まぼろしの夢なのか、それともお告げなのか、悩んだ爺は、裏山の山神様に相談をしました。 「あんたはアホか。観音様のことをライバルの山神に聞くな。バカたれが」 爺は、山神様の不機嫌さを、「やめとけ」と勝手に思い込み、その日も町には出かけませんでした。 午後のことです。光が雪の上ではねています。ふと、湖の方を見ると、美照尼さんの庵の手前、春になればルピナスの咲く丘で一人の男が穴を掘っています。見知らぬ人です。 「何をしてるだに」 「穴を掘ってるだに」 「それは見ればわかるだに。なんで穴なんど」 「それが…」 男は町からやって来ていました。昨夜のこと、観音様が足元に立って、長谷隠れ里の春になればルピナスが咲く丘を掘れば、幸運が舞い込むと、告げられたのだそうです。似た話に爺は「あんれまあ」とぎくりとしました。どうやら、ここがお告げの地であるのは間違いないようですが、口にはしませんでした。 掘り進めるうちに、シャベルが箱のようなものに当たりました。そして男が掘り出した箱から金銀財宝がこぼれ落ちました。まるで「花咲爺さん」のここ掘れワンワンです。正夢だったのです。 その夜、爺は観音様を待ちました。でも夜明けになっても枕元に観音様が現れることはありませんでした。興奮して眠れません。寝てないのですから夢を見ることはありません。 その日は雪になりました。爺は観音様の言葉を思い出し、雪の中、駅前に行き旅館の前に立ち、待ちました。日が落ち、暗くなっても誰もやってきません。町の人たちはうろんな目で爺を見やって、足早に遠ざかっていきます。 大損をした気分の爺は、山神様に相談しました。この神様、悩める人を突き放します。 「そう落ち込みなさんな。あんたは危険をかえりみず、夢を追う男じゃないんだよ。いい爺だが金は寄ってこん。良いではないか」 頬に冷たいものが触れました。爺は空を見上げ「また降り出したか、ほんじゃまたな」と山神様の雪囲いをしっかり直し、家に帰って行きました。 (終わり) 校正する以前の文章では、山神様の言葉は、さほど突き放したものではなかった。 「今まで平気な顔をしていたじゃあないか。求めず、期待しなければ、デカイ顔でいられるんだ。こんなところで充分だと思っておれば、ゆったりとこの世を眺めて、結構楽しく暮らせるんだよ。なあ、兄弟」 「そうかもしれんが、負け惜しみにも聞こえるだに」 「アホ言え、お前だけじゃなく、みんながそう思えば、諍いや戦争はなくなるんだ。神様のわしが言うのだから間違いない。それにしても、お前の伊那弁はへたくそだ」 「爺は、神様と兄弟で良いだべか」 「良いともさ。お前はピッコロのようなもんだ」 「なんだそれ?」 「ドラゴンボールぐらい読め、アホが。何事にも表があれば裏がある。悪のおかげで善があるのだ」 「爺が悪で、神様が善かね。神さまが美で私が醜い、そりゃねえべ」 「片っぽだけではないと言いたいの、頭悪いね。頭の悪いお前さんがいるから、わしは利口者といわれるだけで、爺が羨むことじゃない。頭のいい奴や、金のある奴をうらやんだりしなければ、戦争はおこらない。物を盗ることもなくなるさ。 町から来た男が金銀財宝を掘り出したのが、羨ましくて心が乱れただけなんじゃ。人をうらやむことを、アホくさ、と思えば心は常に青空だ」 と爺を慰めたのだが、説教くさいので削除と相成った。 もっと欲しい、もっと偉くなりたい、もっと強くなりたい、もっと美しくなりたい、というふうに今のままの自分でなく、もっと、こうなりたいという欲望は誰にでもある。また向上心は大切である。しかし、悲しいことに願いがかなうと、もとの願いや目的を忘れてしまって、すっかり傲慢になってしまう。これは多くの人の悲しい性である。これが本編のテーマだった。
by okasusumu
| 2013-10-02 13:36
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アバウト
梅、桜。桃の木の花の饗宴が終わると待っていたように凍土だった大地が芽吹きだす。数年前、雑草の中に数本あった花だが、背の高い草を採ると、増えだした。今やルピナスの丘だ。下の田に水が入る頃は美しい。 by okasusumu カテゴリ
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