2013年 03月 02日
氷漬けのタヌキには家族がありました。 次の日の朝のこと、池のほとりに見知らぬ男がたたずんでいました。男は、立ったり座ったり、雪の斜面を見下ろしたり、せわしなく落ち着きがありません。 縁側で、男に気がついた爺は声をかけようと、ガラス戸に手をかけたところで、「ははーん」と思いとどまりました。 しばらくして、男は桑畑と竹やぶの間の小道を注意深く、あたりを見回しながら下っていきました。 そして、斜面が緩やかになった墓地で妻を見つけ、ドローンと姿をタヌキに戻しました。 昨夜、妻は子供たちに魚料理を振舞うからといって出かけたまま、帰って来ませんでした。 「お母さんはどうしたの」 「お父さんが嫌いだから、帰ってこないの?」 しつこく聞く子供たちを、なだめ、すかしながら夜が明けました。妻が出かける直前、よくある、夫婦のいさかいがありました。子供たちは、それを深刻に受け止めていたようです。一緒に暮らす妻の母親、婆にも白い目で見られました。 「こちらが泣きたいよ」 夜明けとともに探しに出て、妻の行きそうな道を歩いて、ここまで来ました。 妻は雪の上に横たわり、頬から血色が消え、触ると湿った状態で、体は冷たく固くなっていました。 太陽が昇り、雪が溶け始めています。男は泣きながら子供たちを呼びましたが、妻が目を覚ますことはありませんでした。 葬儀は家族だけで行いました。ひっそりした寂しい別れです。棺に、子供たちは母の好きだった物を一緒に入れ、最後に男が土をかけました。 その夜のことです。男は恐ろしい叫び声に跳ね起き、あたりを見回しました。誰もいません。横では子供たちが軽い寝息を立て眠っています。 「気のせいか」 横になり、寝ようとすると、また叫び声です。今度は、はっきりと聞こえました。胸騒ぎがして、子供たちを、ゆり起こしても、子供たちはただキョトンとするばかり、婆は哀れんでいます。 誰にも聞こえない声が、男の頭を支配し、しばらく続きましたが、叫び声は次第に弱弱しくなって行きました。 「あなた助けて…」 男の全身に寒気が走りました。 「ナムマイダ、ナムマイダ…」 震えながら、お題目を唱える男を、子供たちはただ呆然として見詰めました。 「なんだべや」婆は何もわからないまま、翌朝墓参りに行きました。なにやら墓の様子が昨日とは違います。塔婆が傾いているのです。 「あんれまあ、モグラの仕業かな…。直さなきゃなんめぇ」と男を呼んできて墓を掘らせました。 掘り進めるうちに棺が出てきました。蓋が開きそうになっています。 「モグラの奴め、こじ開けようとしおって」 男と婆で蓋をゆっくりと開けました。 すると、開くのを待ちきれないで先に首を突っ込んだ子供たちはのけぞり、頭を抱え、嘔吐したのです。続いて覗いた男も婆も腰を抜かしてしまいました。 妻の顔は苦痛にゆがみ、指も手も足も体中が血に染まり、爪はありません。蓋の内側にはこじ開けようとした爪の跡が深く刻まれていました。 土手の上の爺は、なーんも知らんで、狸たちの動きにしきりに首を傾げていました (おわり)
by okasusumu
| 2013-03-02 13:25
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アバウト
梅、桜。桃の木の花の饗宴が終わると待っていたように凍土だった大地が芽吹きだす。数年前、雑草の中に数本あった花だが、背の高い草を採ると、増えだした。今やルピナスの丘だ。下の田に水が入る頃は美しい。 by okasusumu カテゴリ
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