信州かくれ里 伊那山荘

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2011年 06月 16日

里山の危機(3)

里山のジレンマ
 放置する事で落葉広葉樹林が照葉樹林(常緑広葉樹林)に変わっていく。それが自然の摂理だといわれても、安らぎを求める空間が薄暗い、見通しの悪い照葉樹林では癒されません。
 そんな事もあって、身近な里山の保全活動があちこちで展開される事になります。主体は、市民グループで、「柔らかな美しい里山の景色を後世に伝えたい」とする思いが彼らの行動を駆り立てます。
 思いは同じでも掲げる目的は「景観保全」「生物多様性の維持」「林産物の利用」「保健・休養」「水源林の保全」など多様です
 里山のコナラやクヌギはおよそ十五年の周期で更新されてきました。それが五十年近くも切られていませんので、木々が太く、切り株から再生させる萌芽更新が難しい樹齢となってしまいました。
 大木となった木下にはクヌギやコナラの稚樹がありません。あるのは笹と照葉樹ばかり。クヌギや コナラは陽性の性格で、それが親であっても親の陰では育ちません。
 一方、照葉樹は耐陰性の性格で影の中でじっとこらえる強さがあります。だから、放置すれば照葉樹林になってしまいます。
 さて、更新期が過ぎても、下草などが刈られていれば、里山は気持ちの良い癒しの空間です。景観を損ねる事もありません。景観保全を目的にするグループは「これで良いではないか」と主張します。大径木の明るい林、想像するだけでもうれしくなります。
 確かに、その時点は良いのです。ところが大木は老木です。台風で倒れた場合、後継樹は照葉樹しかありません。
 これを避けるためには、ずっと人が手入れをして十五年あるいは二十年周期で更新を促さなければなりません。先人はずっと手入れをしてきました。それは燃料確保という経済活動でした。郷愁からスタートした市民グループがこの先ずっと手入れをし続けられるか疑問です。
 景観など環境、国土保全を目的にしているだけではこのジレンマに陥ってしまいます。売れなくて薪炭事業を廃業した民間人に景観のため奉仕しろというのは酷な願いで す。
 里山をうまく利用することを目的にして、樹木を選び、用途の開発、需要の掘り起しなどをすることで昔のように里山に経済活動が起これば活性化するに違 いありませんが簡単ではないようです。
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by okasusumu | 2011-06-16 09:09 | 里山逍遥


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